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2007年9月

同郷のよしみ

浴衣で踊ろうJ-POP』の一日体験講座にお越しいただいたお二方。
電話でのお申込みに「きもので参ります。」と仰ったお言葉遣いに、和服に親しんでおられることが手に取るようにわかった。
そして「扇は…。」と続けた言葉に、「持参いたします。」。
そう、経験者の方とお見受けした。
今日は諸先輩もお見えになる賑やかな会に、お気に召すかどうか期待半分、不安半分。
午後6時30分からの予定に、10分程前にお見えになってみれば、何と奥様とそのお母様であった。
そして始まるまでの一時にふとしたことから、口に出されたのが故郷が神戸であるとのこと。
「えっ!」
思わず、「神戸のどちらですか?」と伺って妹の住む灘区鶴甲のほん南だと仰った。
神戸淡路大震災の話も出て、「自宅は全壊いたしましたが、おかげさまで家族は皆無事でございました。」
う~ん。
またもや、口を突いて出たのが「私どももそうなのでございます。」
同郷で、しかもあの大惨事を経験された方がここにおられる。
今日お目に掛ったばかりにもかかわらず、互いに湧いた親近感を言葉にするのは難しい。
これからご一緒できるかどうか、心のどこかで「是非ご一緒に。」と望んでいる自分がいた。

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ルネマルグリッドを見たっ!

合気道を一緒に始めた頃は中学一年生だったAzukiちゃんは、どうしても何としてでも入りたい高校があった。
その頃の彼女にとっては高嶺の花だったのだろう。
思案橋の結果、彼女のした選択は合気道を一年間お休みすることであった。
『洋子さんのように袴を着けたいから、合格した暁には必ず戻ってきます!』
そう、尾崎しょう(日ヘンに向)師範に約束した彼女。
果たして、目指した高校をゲットして入ったのがデザイン学科。

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今日、件の高校である朋優学園高等学校の虹色祭に行ってきた。
しっかりなされた高校生としてのあるべき教育が、ここそこに表れていることに、まず驚かされた。
そしてアニメーションや漫画などに影響されつつも、「えっ!」と立ち止まらせるものがあった。
中でも模写の数々の中にあった、ルネマルグリッドを見た時に感じたことはただ一つ。

若さって良い!
無限の可能性の中にいるのだから。
やっぱり、若さは羨ましい。
もろ手を挙げて降参。
そんな気持ちにさせてくれた学園祭だった。

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別れのない人生

など決してないのだから、初めて言葉を交わすどんな人にも優しくあれたらと思う。

そして、家族、友人、先輩、後輩、先生、取引先の方などなど、日頃おつきあいをしているどんな方にでも優しくあれたらと思う。

だけど…。
どういう理由か、身近になればなるほどその優しさが希薄になってくるように見られるのは、果たしてあたしだけなのだろうか。
愛しさ故の厳しさでも、言葉を間違えば避難轟々だと謗られる。
多分、あたしの場合はその逆。
つまりは我儘の成せる技。
甘えや我儘を通し、通されるのが家族であるとしても「ものには限度があるでぇ。」と相棒が言うのは言い過ぎ。
そう、思っている。

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交感神経と副交感神経

整体に、連チャンで行かずにはおられなかった程に体調が優れなかった。
誘眠剤を使っても、思うように睡眠がとれない私に、「ちょっとお呪(まじない)いをしておきましょう。」そう言われて、脇の下にあるリンパに刺激を与えてくれはったのは整体の先生。
これが痛い。
「ほんま、痛かったでぇ。」と言いつつ帰途について、その晩はどうということはなく通常通りだったのに、翌日の今日。
8時間たって午前10時にお腹が空いて目が覚めた。
バター付きパンに生姜の輪切り(たまり漬け)を載せて、ミルクとピルクルを飲んだら、もうすでに「眠たいっ!」。
「夕刻の打ち合わせまでちょっと寝るわ。」
一時間ほどしか起きていなかったのに、次に目覚めたのはすでに午後5時。
打ち合わせから帰宅してみれば午後の9時。
嗚呼!まだ眠たい。
夕食を済ませたら、きっとお化粧だけ落としてまた眠るのだろう。
「考えてみれば、すごいお呪いやなぁ。」と相棒に言えば、「すごいのは洋ちゃんや。そんだけ寝なあかん程、寝てヘンかったんたから。」

整体の先生曰く、不眠の原因は交感神経と副交感神経のバランスの崩れによるものだとか。
西洋医学から発した整体。
ほかにも驚かされる発言をされた長生館(整体)の若先生に脱帽!

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携帯電話の落とし穴

相棒が「一遍変えてみよか。」と言うことばに、「エッ??」と引っかかったもんの、嗚呼!あの時もう一言踏み込めば良かったけれど。
詳細に調査したらしい相棒の努力に報いるべく携帯会社を変えて降りかかった火の粉。
携帯電話は薄ければ薄いほど、軽ければ軽いほど、持ちやすい。
という風に思っていたわけではないけれど、一時は日本の最優良企業ともうたわれた電器メーカーが製造元であってみれば、携帯メーカーがどこであろうと大丈夫。
以前使っていたメーカーと同様、どうということはない。
と、高をくくって使ってみればあに図らんや。
ほんの数日で、3台の内1台だけがいきなり圏外になって「おかしい」。
嫌な予感に、その日から十二分に注意しながら使っていたある日。
おおよそ三か月が過ぎたころ、とうとう電源が入らなくなった。
修理に持ち込んで十数日後、水濡れサインが滲んでいないにもかかわらず、基盤の錆が原因あることを理由に修理不能、つまりは使用者責任という回答が返ってきた。

今日や昨日から使い始めた初心者でもあるまいに、そしていままで複数機種のどの機種でも決して起こっていなかったのに、水に落としたこともなければ、雨の日に使用したわけでもなく、ポケットになぞ入れていないのだけれど、基盤の錆は、抗弁する場さえ与えられずに、自動的に使用者責任であると告げられた。

それってどこかおかしくないか。
在庫管理が悪ければ、使用者の手に届く以前にだって、基盤が錆びる可能性は除去できないのではないか。
まさか、冷蔵保存されているわけでもあるまいに…。
購入時に、「ほらっ、この携帯電話は確かに基盤が錆びていませんよ。」と確認の上、購入させてもらったわけではもちろんない。
もし、もしも購入時点で基盤が錆びていた可能性があるなら、それも使用者の責任になることになるのではないか、現状では。

何かがおかしい。
断じて私はそう考えている。
携帯電話と白物家電は違うから。
果たしてそうか。
一家に一台の白物家電。
一人に一台の携帯電話。
だからこそ、使用者側に対する責任転嫁と思われることばかりせず、たとえば完全防水にするとか、そういった方策を取るべきではないのか。
完全防水の携帯電話が現に存在することこそ、まさにそれを物語っているのではないのか。

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マンモグラフィーの失敗

いくら乳がんの早期発見のために有効な手段であったとしても、そしていくら被爆を少なくするように工夫されていても、私は二度と、絶対に、誰に何と言われようともマンモグラフィーによる乳がん検診は受けたくないっ!
それは、肝生検にも、胃カメラにも通じるものがあると、生理的に受け止めてしまったから。

あの痛さは、強烈な苦痛以外の何ものでもなかった。
人に優しい医療を目指しているのではなかったのか。
マンモグラフィーでなくて、何故超音波ではいけないのか。
それは素人の浅はかさなのか。

だけど…。
「あんな痛いこと、もう二度としたくないっ!」
そういう女性が如何に多いことか。
そのことを、乳腺専門医は真剣に受け止めるべきである。

マンモグラフィー(mammography)は、乳がんの早期発見のために女性の乳房をX線撮影する手法、またそのための乳房X線撮影装置のことである。上半身裸体になった女性を装置の前に立たせ、前後のパネルで乳房を、4~5cm程度圧迫して撮影する。20代から30代のまだ乳房に張りのある女性には若干窮屈な思いをさせることもある。短時間で、できるだけ被爆をすくなくするように工夫されている。被爆量は、通常、0.05~0.15ミリシーベルトである。X線撮影装置には、巡回検診車に搭載可能なタイプのものもある。mammographyとは、「乳房」+「画像」から作られた造語である。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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今どきWord?

「一日一善っ!」と決めたからというて、通勤電車に揺られることもないし、日中は大抵家に籠りっきりやから、あたしよりずーっとお歳を召し方に席をお譲りしたり、手を貸して差し上げたり、そんな機会もない。
「(俺にする)我儘の一つを減らすっちゅうのも、善行やぜぇ。」と相棒がちゃちゃを入れれば、「偶(たま)には洗いもんをしてみるとか、いつもは空(から)の手に荷物を提げてみるとか…。」と甥は言いだしたら止まらない。
「何言うとんねんっ。14歳も年上の女房やねんぞ~。第一あんた(甥のこと)の母親とおない年やないかいな。」
筋が通っているのか、いないのか。
2対1にもめげずに我を通そうとして、そうやった。
明日から、否今日から「一日一善」を誓った理由があったんやった。

株式会社アスキーの編集部から飛び込んできた一通のメールは、『不思議なことに』という、執筆者にとってはちょっと憮然としてしまう書き出しで始まっていた。
2003年2月21日初版の「Wordでマスターする使えるビジネス文書 レイアウトの極意」がほぼ毎日1冊、全国どこかの紀伊国屋書店で売れているのだと。

文頭の書き出しがどうであれ、4年半も前に執筆したのに「書籍が売れない」といわれている今尚、毎日1冊売れている。
その事実は、私を歓喜させた。
今度から書籍は絶対に、紀伊国屋書店さんで買う!
こう誓ったのはいうまでもない。
だけど、それよりも何よりも「一日一善」と、思わず口を突いてでるほど、それは何にも代えがたい、執筆者冥利に尽きることだった。

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大阪と東京と

朝は早よから始発の新幹線に乗ったのは楳茂都陸平二十三回忌追善公演が、国立文楽劇場であったから。
チケットが手元に届いて「エッ!」指定席になっていないのが、嬉しいのか悲しいのか。
通常は先生がおられるのだから、楽屋口から入ってすーっと客席に行って座席を確保できるのに…。
片岡愛之助がとり(最後)を舞うから、それはアカンという。
今や歌舞伎界の「ラブリン」と呼ばれ、彼の出演する演目のチケットはどれも完売するほど。
だからだから、所謂「おっかけ」の方々を制して、見やすい席をゲットするには、早くから入口で並ばなければならかった。
「ちょっと肌寒い」という東京を午前6時に出発して午前9時前に国立文楽劇場に到着したら「あ、暑いっ!」。
袷の色紋付にお太鼓。
「その色合い、涼しそうですよ。」そう言われてもなんの慰めにもならなかった。
大阪特有の高い湿度を思い出して、そうやった。とゲンナリ。
やっと入口のドアが開いたら、今度は切符もぎのところで30分待ち。
クーラーの効いているはずの劇場内で、扇子を出してパタパタ。
ここでも暑いっ!
「喋っていれば1時間以上のたちんぼでも我慢できます!」という如くに、お隣に居合わせた自称「おっかけ(片岡愛之助の)」のお若い女性と無理やりにでも話の花を咲かせてみれば、やはり大阪の景気は落ち込むばかりとか。
長年大阪で商売をさせてもらった土地の活気が薄れていくのは、やはりどこか寂しい。
のだけれども商魂のたくましさをまざまざと見せつけられたのは並んでいる最中。
「お弁当要りまへんか~。」というのは予想されることだったけれど、プラスチックのカップになみなみと汲まれているのは抹茶ジュース。「お茶要りまへんか~。」その安っぽさに「これはサービス?」と思いきや、なんと「120円ですぅ」。
その安っぽさに、なんぼなんでも暴利とちゃうか?と思わないでもなかったけれど、休憩時間の合間をぬって買おてみれば「嗚呼美味し。」
そして、演目が続く中「携帯電話のスイッチはお切りください。」のアナウンスが何度入っても、演目中に鳴る呼び出し音。
座席は真っ暗であるにもかかわらず、ノッシノッシ。
かがみ歩きをするでなし、中央にある通路をなんの遠慮もなく通って自分の座席に向かうご婦人に殿方。
あれはきっと録画中のビデオに映ってしまったに違いない。
かてて加えて紙袋のガサゴソ音におしゃべり音。
これもきっと録音に入ってしまったに違いない。
そしてそして、舞妓はんの艶姿を無断でデジカメでパチリとしたのは五十代も過ぎた男性。
嗚呼!これが大阪、されど大阪。
徹夜作業を終えた相棒と、三時間睡眠の私と恐らくは同様の先生と。
舞台が終わってみればその高揚感がホテルのラウンジにまで続いて、「では、朝食の時に。」とのご挨拶にもかかわらず、遂に帰りの新幹線に乗るべく新大阪に着くまで、何も口に入れることはなかった。
何故かって?
もちろん、二人は二日酔いだったのだし私は過労気味で、這うようにしてベッドから出て支度をするのが精いっぱいだったから。
このままでは、新幹線酔いが予想される相棒。
しゃあない、ここは一つ大判振る舞いやと、入った「美々卯」でうどんすき。
しんど過ぎて食欲のない私の傍で、残る二人の食べ様の凄さ。
東京に戻れば、忙しい身はお互い様。
「二日酔いなどしている間なんぞは、ありまっへんっ!」
大汗かきながら、「お水、くださいっ!」を連発した二人とも。
こころなしか元気になって、ホッ。
それにしても、大阪駅のホームの凄さ。
暑い、あ、つ、過ぎる。
そして、やっぱり大阪人は並ぶことを知らなかった。
新快速に乗ろうとする私たちの前を塞いでいた人たちはほとんど、次の各駅電車待ちの乗客であった。
「理路整然」。
この言葉がまったく似合わない大阪駅。
う~ん。
根っからの江戸っ子である先生の仰天ぶりを見るにつけ、嗚呼恥しい。
でも、タクシーで通った御堂筋、松屋筋に四ツ橋筋。
古巣の隠しようもない廃れぶりに感傷的になったのは、ノスタルジー以外の何ものでもなかった。

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徒労の発端

てっきり昨日の電話で、翌々日のバタバタが予想されたから余計のこと、朝方までに別件を済ませて目覚めたらすでに午後二時。
ゲッ!「今日は何もなかったよなぁ。」
ドキドキしながら相棒のカレンダーを見たら、「16:00 大森」とある。
バター付きトーストに生姜の薄切り(たまり漬け)を載せただけの食事して、即席化粧をして飛び出した。
富士見坂を登りきる寸前に見えたのは、何と乗車予定のバスではないの。
燦々と輝く太陽の下、日傘片手に走らんことか。
ゼェ~ハァ~、ゼェ~ハァ~。
やれやれ、これに乗り遅れると次は20分以上待たねばならない。もちろん遅刻にもなる。
昼間のバスの時刻表は、まるで田舎とかわらんなぁ。
そして、目的地に着いて判明したのがカレンダーの見間違えで、実は来週であった。
「ごめんっ!カレンダーの上と下を見間違えた。」
どうやったらそんな風に見えるのか意味不明ではあるものの、あたしも一緒に眼だけはそこを追っていたのも事実。
時間に間に合わそうと、慌てふためいた努力も徒労に終わって、あーあ。

仕事に、合気道に、地唄舞に、疾風のごとく駆け抜けた夏が過ぎてみればやはり、徒労の発端は「夏バテ」であった。

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窓口業務の誠実さとは

このところ、いやに電話での問い合わせばかりしている。
クレームっぽいものから、単なる質問、そしてスケジュール変更のお願いなどなど。

例えば、販売を停止したものの再開といったものまであった。
個人レベルでそんなこと、大企業に言うてどうする?
確かにそうなんだけれども、言うだけは言わしてもらう。
この気概をなくしてしまったら、もうSOHOはやっていけない。
SOHOであるからこそ、個人としての資質、プロ意識、スキルの高さが問われるからだ。

閑話休題。
いろんな方との電話のやりとりをして思ったことがある。
それは流暢さが必ずしも対応の良さにはつながらないことである。
スマートな対応は、確かに満足度を高くはする。
それでも電話という、アナログな世界では声の高さに大きさ、柔らかさと硬さ、脆弱さと厳しさの、どれもを感じ取り、また悟られてしまう。
だから、だから。
互いの気持ちを合わせることができたとき、結果がどうであれストンっと、ものの気が落ちたように、通じ合う流れが生じて、事は上手に収まっていくのだろう。
先日のこと。
決して上手ではない応対で、しかも仰天するような手違いになった時、それでも相手から醸し出される何かが、私を怒らせなかったことは、今にして思えばスゴイことである。
「そんなん、ありっ?ウソやろ?」と。
「洋ちゃんが許したんか?俺がやったら何言われるか!」
きっと相棒ならそう言ったかもしれないけれど、とにかくその時には私の瞬間湯沸かし器には火が点かなかったのである。
それが功を奏したきっかけになったのか。はたまた全く何の関係もなかったのか。最終的には、希望した通りの結果が得られた。
万に一つ、千歳一隅の出来事であった。

それって、もしかして?
合気道と一緒?
う~ん。
あたしには、まだまだ修行が要りそうである。

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拝啓 松原忠義 大田区長殿

毎年盆踊りと神社の奉納舞が終わると、大田区民踊連盟に所属している者は、11月18日(日)、アプリコで開催される秋季民踊大会のための練習に本腰を入れ始めます。
民謡や歌謡曲の歌詞はもちろんのこと、振りも覚えている者も既にいるのだろうと推察いたします。
舞台で皆様に披露することの、気持ちの高揚は人を十歳も、もしかすると二十歳も若返らせるように思えます。
そして午後一番に催される式典。
いろいろ各方面からお骨折いただいた方々のご挨拶がございまして、何年にもわたって続けて出演されている方、特に最近はお若い方の参加も目立つ中、いつまでも健康で生き生きと人生を送っている様を称えられます。
それはとても嬉しく、きっと私を含めて一つの励みになっていることに違いはございません。
午前十時に始まって、今年は100回記念の式典が夕刻から始まる関係で午後5時までの6時間、精一杯の踊りを披露させていただきます。

でも…。
なぜ、その素晴らしさを称えられる方々のお一人たりとも、そして一時間たりとも、否観客席にお座りになることさえ、なさらないのでしょうか。
松原忠義様 には、以前から大田区民踊大会 会場でご挨拶されているお姿をよく拝見しておりました。
どうぞ、大田区長になられた今年こそ、式典だけではなく、是非実際の目で約二百名の区民が踊る姿を、一時間でも客席から目にしていただきたく存じます。

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シンドラーエレベータではないけれど

ボタンを押すと扉が開くことを信じて疑わないがごとく、せいぜい五名が限度の小さなエレベーターに、相棒と二人で乗り込んだら「ガクッ」と。
まるでエレベーターに「重いやんけ!」と眼(がん)を付けられたように、数センチは下に沈んで、「こ、怖いっ!」。
「たった三階までなんやし、ここは何とかあんじょう頼んまっせぇ!」
機械にも気持は通じるはず、だなんて思ってしまって気づけば今度は「ガッタン」と、最後っ屁をならしてドアが開いた。

そして数日を経て、地唄舞のお稽古の帰り。
電車を降りてみればぐっしょりかいた汗が冷えている。
数分の帰路を「しんど~い。」と言いながら遠くにマンションの玄関が見えてきたら、見慣れぬスクーターが止まっている。
「あれっ!何方かがドミノピザを頼みはったんかしら?」
否、それはピザの宅配便ではなかった。
玄関まで辿りついて「あれっ?」。
同じスクーターが何台もある。

そして、エレベーターの前に来て見つけた張り紙。
「故障のため運転休止のおしらせ」であった。
それが一昨日の晩。
今日夕方のお出かけの際には、なんと軽乗用車まで参加して、修理サービスマンの方々は所狭しとお仕事、お仕事。
「ご苦労さまでございます。」と声をお掛けしても心なしか不安げだったのは、あたしの気の回し過ぎ?
果たして、深夜になって帰宅してもエレベーターは動いていなかった。
作業員みなさんの果敢な努力も報われなかったようで、どうやら部品調達が必要だったご様子。
再度の張り紙には、明日の夕刻には作動予定と認められていた。

ええの、ええの。
長期になってもええから、ちゃんと直してくださいね。
そう、張り紙に声を掛けた。

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1回の舞台は100回のお稽古

に匹敵する、という人もいれば「たかが稽古、されど稽古」という人もいる。
私と相棒は、地唄舞をお稽古していて先日の奉納舞台が、正真正銘初めての舞台であった。
そして、今日は通常通りのお稽古。
まだまだ及第点のいただけないものがズラリ。
「高砂」と「松づくし」に、「御所のお庭」、「京の四季」と疾うに夏も過ぎようとしているのに「春雨」もまだ仕上がっていないし、「カニマヨ」サラダと間違った「香に迷う」は確か振りが入ったばかりだったはず。
「涙そうそう」と「黒田節」を集中的にお稽古していた2ヶ月間というもの、いっさい通常のお稽古から遠ざかっていたこれは大きかった。
舞台に出たことで上手になったとしても、長い間一度もおさらいしなかった振りがそうそう出てくるはずもない。
嗚呼!
一日に一つずつでも、さらっとでもよいからお稽古しておけば…。
過去を振り返っても益なし。
されど帰らざる日々。
五十歩は戻った気がして、「何が一回の舞台が100回のお稽古なもんか、10回にも満たへん。」
そううそぶいて、しまった!
神さんが聞いてはったら罰が、バチッと飛んで来るかもっ?

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夫婦愛より強い絆?

双子としての絆は、恐らく生涯分かつことはないだろう。
運命という名のもとに訪れる別れを、あたしはどうにも乗り切れないだろうから、「神さん!どうかあたしを先に逝かせてください。」そう言った傍で「あんたの葬式はあたしが出すのに決まってる。」とJunkoが言えば、「いやいや僕ですよ。」と相棒。束の間の夏休みを神戸で謳歌している甥ならきっと、「どれもこれも、みーんな僕がみとく。」とでもほざくのだろう。
14歳離れている相棒よりは、絶対に早く逝ける確信ほど自分を安堵させるものはないから、だからこそ、「病弱なJunkoが心配なんよ。」と言えば、「洋ちゃんも同じように病人やんか。」と返された。

閑話休題。
誘眠剤をのんだのに、目覚めてみればまだ午前7時。たったの3時間しか眠れないのは疲れている所為。
それでも無理やり寝床に戻って、目覚めたら午後5時を回っていた。
時を置かずに起きてきたJunkoは「お腹が痛いねん。」と言いつつ、相棒にこう頼みごとをした。「悪いねんけど、(洋子のために)若どりのささ身を買おてきて。」
「分かった。」相棒の一言が出る前に、「そう私も頼もうと思っていたんよ。」と言いそびれた。
相棒が、遠い将来三人で暮らすことを許してくれている今だから、あと十年いやそれ以上、病気と上手に折り合いをつけながら、仕事を続けていきたい。
それが合気道と地唄舞を続け、そして将来の夢をかなえることのできる唯一の道だから。

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安倍首相の辞任表明

を「嗚呼、無念!」と感じた方がおられるかどうかはともかく、昨晩の雪谷八幡神社の奉納舞台が終わってみれば「嗚呼、無念!」

合気道のお仲間から、近所のお歳を召した方、見知らぬ方々、そして民踊連盟の諸先輩から元在籍していたMasumi会の方々まで、一様に努力をとっても認めてくださって「良かった、良かった。」と褒めていただいたことは、ほんまにほんまに嬉しかったのだけれど、反省材料はいっぱいあった。
口元をあげて踊ったつもりの「涙そうそう」も、映ってみれば眉間に皺が寄っていて、最後のポーズも怒っている。
こんなつもりじゃなかったのに…。
トップバッターに続くこと2番目に「涙そうそう」を終わってみれば、次は26番目。
その間、お知り合いの激励や奉納舞台の新米としてのご挨拶に明け暮れて「黒田節」の音が鳴り始めて感じたことは、何と「あ~しんど。」「あっち、こっち。余計なことに気ぃ遣い過ぎや。」と相棒をして言わしめたことを、認めざるを得なかった。出だしは好調だった所作が、横で舞っている相棒の発っした大声が「早いぞっ」と言っているのを不覚にも気づかなかったほど舞いあがっていた。不徳の致すところはまだまだあった。後ろ向きに座って立てた右足で「ドンっ」と床を打つ際によろけてしまったのは、あたし。
馬を引く所作が早すぎて、音合わせにしばらくそのままだったのも、あたし。
その悪行の数々に合わせてくれたのは、相棒だった。

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嗚呼!悲しい。哀し過ぎる。
仕事と舞に合気道に、諸々が重なってみれば練習不足。
このあたしが、前々日も、そのまた前の日も練習を出来ていなかった。原因がC型肝炎による気だるさなのか、はたまた極端な鉄分除去の食事のなせる業か、あな恐ろしや!血管腫が悪性なのか。
近々受ける検査で判明するのだろう。

おまけに今朝の合気道練習を、あんなに楽しみにしていたのに、そして多分、尾崎しょう(日ヘンに向)師範に、後藤師範などなどきっと皆さんお見えるなるだろうに、「今日は絶対行ったらアカン!」とJunkoが言う。
なんでやねん。
朝も早よから目覚めているやないかいな。と気づけば、相棒はぐーすかはっちゃん布団の中。
これでは絶体絶命のピンチ。悲しい、悲し過ぎる。
でも。
相棒よりもJunkoの方があたしへの影響力が強いのも確か。
Junkoに対する愛情の方が勝っているからではない。
子供の頃から双子の姉として君臨し続けてきたJunko。
今でも痛いところを突いてきて、「イヤや、絶対に行ったるねん。」とは言えなかった。
夕刻には昨日お客さんをしてくれはった皆さんが舞台に立ちはる。
観客に行かないなんて考えられへんし、その翌々日は納期が待っている。

嗚呼、無念。
それでも「致し方なし」と状況は語っている。

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奉納舞の前夜

「今日は早よ寝る!」と宣言して、合気道の充実した練習後にもかかわらず、洗髪もせずに既に誘眠剤をのんでしまって、嗚呼!今日も練習せぇへんかった。
明日が奉納舞当日だというのに、グジグジ。
寝床に向かおうとして、ひょっと振り返ったら何と相棒が曲に合わせて所作の復習をしている。「ズルイっ!」と叫んで思わず扇を持った。

約30分ほどで効いてくる睡魔を前に、「早よ(音楽を)掛けて!」。
Tシャツ姿で扇はジーパンに挟んで始めたお稽古。
それでもきっと、こんな恰好の練習でもやらへんよりはましやろ。
一回ずつさらい終わって「ええんちゃうか。」と相棒の言葉に、一人ごちで布団に入った。

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飽食の日々

夏バテの身体に食事は一向に楽しくない。
ゼェハァ、ゼェハァ身体の気だるさをどうにも持て余していた頃にやってきたのがJunko(双子の片割れで事実上の姉)。
「あんたー、食べなあかんやないの。」
そして、何故か始まった主婦業が我が家にうまくはまってみれば、「アレッ、ホームページを作りにきたんやったよなぁ。」
別段パソコンに向かっていないわけではないけれど、そしてそして相棒にあれやこれやと質問をしていないわけでもないけれど、相棒をして「Junちゃんは、ほんまに台所が好きやねんなぁ。」と言わしめた。
「ホームページを自分で作りたいねん。」という、彼女の切なる願いがなければ甥を神戸に帰してまで、三人の生活はなかったに違いない。今や、主婦と主夫(仕事と趣味に生きる相棒)と、四分の一病人(半分は仕事で、四分の一は合気道と地唄舞にかけているから)
そして出てきた結果が「飽食の日々」。
「何とまぁ、主婦の作るご飯の美味しいこと!」
飽食といっても、買い食いではないから根菜類もたっぷり。
『もっとバターを!』というほどのバター好きが作る総菜が、相棒の黄金ベルトをさらに大きくさせるにしても、あたしには実に有難い飽食の日々である。

閑話休題。
「しんど~い。」と感じるたびに血圧計を手にしてみれば、出てきた値は低血圧。
それをホームドクターたるHirayama先生に訴えてみたところで、励まされるだけである理由を昨日知った。
そう、低血圧を治す薬などないことを。
「そしたら、高血圧になったらええんや。」という相棒の言葉に一理を託して、始めた高塩分と高脂肪の食事。
一昨日から始めてみれば、効果のほどは未だ判然としない。

それが昨夕は一気に血圧が回復した。
何故かって?
それは激しい怒りに駆られたから。
今から地唄舞のお稽古やというときに被ったアクシデント。
だけど…。
血圧が上がって、勇気凛凛湧いてきて肩で風切って「さぁ、行こか。」
久しぶりに元気いっぱいで地唄舞に臨めたこと。
それはそれで、嬉しいアクシデントであった。

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TVを持たないデメリット

上京しているJunko(双子の片割れで事実上の姉)から、聞かされる話の種は大抵がTV。
「インターネットがあるから新聞はいらんし、TVは(仕事を)引退するまでお預け。」と、豪語して憚(はばか)らなかったのに、時代に少しは取り残されている感があるのが意外であった。
『世の中には偉い人がおるんやでぇ。』で始まった平成の偉人伝に登場する人たちは様々。
巨大ローラーで地雷を検知するだけでなく吹っ飛ばしてしまうのは知っていたけれど、同時に土を耕すことまでする機械を創り出した人がいて、つい十年前までは夏冬を問わずに楽しんでいた手編みに使っていたのはウール100%の羊毛で、羊毛を刈り取られるストレスをなくすように、そして羊を傷つけんようにと、専用ネットを考案した人がいる。
と思えば、『なんでこんなに新鮮で活きのええ魚がこの値段?』飛ぶように売れるスーパーの魚は、実は密漁船からのものやったとか。
ええ話に、悪い話のいろいろを、あたしたちは全く知らなかった。

Junkoに「もっと、もっとあるねんで。」そうたたみ掛けられて、まるであたしは井の中の蛙。

そういえば、先日観た「妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)」で、中村吉衛門の飛ばすアドリブが何一つ分からんかったよなぁ。

「あんたらも、偶(たま)には現世に戻ってきたらどないや。」そう言いながらJunkoに大笑されたのだった。

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肩の力を抜く

講演会などとは違って「ここは一発っものにする!(仕事を)」というコンセプトのもと、肩で風切るようにプレゼンに及んだ場合は大抵、肩に力が入っていて、それが功を奏して結果につながった、なんてことはあまりなかったような気が、最近する。
信頼感を持ってもらうとか、専門性を認識してもらうとか。
五十歳を疾うに過ぎた者は者なりの見せ方というものがあるのだろう。
「生意気盛りが何を言う!」と心では思っていても、身体全体に力の漲っている、つまりは若さに「攻撃性」はよく似合う。
病気持ちの為せる技か、歳の所為なのか。
人がどう言おうが、自分では肩の力が抜けていると感じるときの方が仕事はスムーズに進んでいる。

問題は、それが合気道や地唄舞には当てはまってへんということ。
女らしさに肩のこわばりは似合わない。
まだまだ緊張感の抜けないあたしは、「怖い顔して踊る」だけでは足らなくて、上げた手を下げても肩はそのまんま。
と、考えてみれば「やさしさ」とか「綺麗さ」とか、そしてそして「たのしく!」をモットーに掲げてる合気道も、きっと肩の力を抜くと「投げよう!投げよう!」とする自縛から抜け出せるのかもしれない。

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仕事

今日は昼には豊田市(都内)に着いておかなければならないのに、二週間に一度の内科検診もある。
朝も早くに起きて、「嗚呼!昨日の晩に洗髪をしといたらよかったのに。」と呟きながらも朝風呂をしてみれば、「しんどい。」
そう、夏バテ中の朝風呂は慎むべきことを今頃思い出しても後の祭り。
朝ごはんもそこそこに出掛けようとして「あんた、朝ご飯は?」とJunkoに聞かれた。
「食べる暇あれへん。」と言えば「りんごはどないや?このトーストも車中で食べられるやないか。」とたたみ掛けられて「うん。」
果たして、車に乗って時を置かずにタッパウェアを開けてみれば、薄く切ったリンゴが山盛り。
一切れずつ口に入れながら、塩味の効いたリンゴに身体が生き返るようで「美味しいっ!」。
工場内での作業を終えて、帰途に着いたら午後7時前。
「今日はぜーんぜん、でけへんかった(パソコンには向かわかなった)。」というJunkoの言葉に迎えられて玄関を入れば、ぷーんとええ匂い。
何と、里芋と人参の煮っ転がしができていて、焼きナスがあり、葉付きショウガの煮物まで。
気づいてみればあそこもここも、どこも綺麗に掃除がされて、洗濯機が動いている。
う~ん。
主婦をしてくれているJunkoの有難たさが心の中に広がった。
そして、思うことがもう一つ。
主婦という大切な仕事。
それだけでは、なんであかんねんやろと。
我が家に不在なのは主婦なんやねんなと。
「今日はもう寝る。」そう言いながら早々に寝床に向かったJunkoの背中を見ながらつくづくに考えてしまった。


閑話休題。
車に乗り込む前に掛け込んだのはHirayama内科。
診療開始時間になっていないのに、診察室から赤ちゃんの声が聞こえて、既に先客があるのに驚いた。
間もなく名前を呼ばれて、Hirayama先生に「おはようございます!」のご挨拶の声がすでに仕事モードになっているのは、ビジネススーツの所為。
きっちりスイッチが切り替わってしまって「最近血圧が低くて…。」の言葉にぜ~んぜん信ぴょう感がないことに、自分でも驚く。
それでも聴診器を当てていただいたり血圧を測っていただきながら、返ってきたのは「今年の夏は厳しかったから、私も夏バテですよ。」と。
診察室の扉を閉めて振り返れば、もう別の患者さんが。
繁盛しているとはいえ、恐らくは60歳後半の女医様。
さぞや大変なお仕事であるのだろうことをホトホト知った。

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キーパンチャー

過ぎるほどの爪の小ささに、「これは切り過ぎちゃうか?」という相棒の疑問にお応えして伸ばしてみました爪。
そしてキーボードを叩いていて経験したのがカチャ、カチャ、カチャ。
心地よい響きか?っと問われれば、う~ん。
せやけど。
土曜日の夜に開催される雪谷八幡神社の奉納舞台。
今度こそは、ちょっと爪に色を付けたりなんかしたかったりして。
何でも新しい試みはするべきなんんだろう。
最近とみに「だるぅ~」と感じていたキーボードを叩く作業が、『なんか、た、楽しいぃ!』。

閑話休題。
そういえば…、PC98 VM21や、IBM5550、それより遡るとOASYSだなんて。
あの頃のキーボードはキーの一つ一つに存在感があった。
いかにも小さいあたしの手には、都合の悪いことばかり。
OASYSの親指シフトキーボードなんざぁ、「これって人間工学的観点からすると、悪くない?」と思わせたのだけれども、文字を入力する速度は向上した。
今では、1フロアーに詰め込まれた大勢の社員がそれぞれ自分のノートパソコンの前で、送信されたメールの返事をしたからって、キーボードのカチャカチャが響き渡ることはおそらくないだろう。
そういう意味で、昔はすごかったなぁ。
一人がかちゃかちゃ、二人でがちゃがちゃ。
全員ともなると、部屋中にキーを叩く音が響き渡る。
それにステンレス製プリンターが加わるのだから。
何せ、ドットプリンターが大きな音を発していた。
IMB5550にブラザーのプリンターをつないで…。
朝から晩まで入力に明け暮れていたある日、『入力業務が早くきれいにできたからといって、それで将来はどうなるねん?』と考えた時に出会ったのがテクニカルライターという職業であった。
国立大学といっても都心には程遠いし、教育学部といっても保健体育学科やし。
何の後ろ盾もなく、何の知識もなく始めた自称テクニカルライターが、現在、今、商売として成り立つようになってみれば、嗚呼!
遠回りだったのか、急がば回れだったのか。
それでも、今、あたしがここにいるのは、キーパンチャーであったからであることだけは、間違いない。

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双子の絆

5日の午後、神戸から双子の片割れであるJunkoが、彼女の息子であるてっちゃんと交代で我が家にやってきた。
わずか20日間とはいえ、一緒に暮らすのは久しぶり。
食前、食後、食間、とにかく喋りだしたら止まらない。
あの話にこの話。
だけど…。
話に花を咲かすために我が家にやって来たわけではないから、徐に向かうのがパソコン。
彼女の目的はホームページの立ち上げ。
先日購入した最新版のマニュアルを先ずは手にした。
何をおいても、まずパソコンに向かわない理由は何かって?
それは私がテクニカルライターだから。
読む気の失せる分厚いマニュアルを手にして尚、「やっぱり最初はマニュアルやで。」との一言に素直に従う姉(双子であっても自然と出来てしまうのが姉妹関係だから。)は、私と同様活字中毒者でもあったから。

翌朝からやおら向かったパソコンを前に「あんたは一体何をして欲しいねん!」と。
「そんなに、私が気に入らんか?」と。
パソコンとの交流が始まった。

仕事の種であるWordであれ、Illustratorであれ、頭脳RAPID3Dであれ、ある意味それらのアプリケーションソフトと折り合いをつけながら、「ごめん、ごめん。あたしが悪かったヨ。」とか。「それはないぜっ!」とか、あたかも人間関係の構築のような行為が行われることは、パソコンを触っておられる方はどなたも経験なさっていること。

それを、初手からJunnkoはやっている。
これはいけるかもしれん!

そう、ひとりごちて一人先に寝床に向かった。

おもむろ

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劣等感っ!

生まれてこの方、持った劣等感は数々ある。
現在、今、ここ。
重箱の隅を突くようにテクニカルライターとして、CDL代表として、あそこと、ここと。
まだまだ不十分さに劣等感を抱くからこそ頑張れる。
同じように、合気道でも、地唄舞でも、師範の、家元の言わんとすることさえ、分からなかったりするから一つでも掬い取ろうと頑張っている。
でも、今日という今日は、未だかつてないことで劣等感を味わった。
相棒が私の相棒たるに至った理由でもある背の低さ。

先日、TCシンポジウム発表の折、ヘアーとメイクをお願いしたSasahara先生から、メイクアップレッスンの終了会として行う撮影会に「貴女もいかが?」と誘ってくださった。
相棒同席を許されてスタジオに入ってみれば、何とそこはモデルの国。
相棒よりも10cm以上は上背があり、三分の一ぐらいの胴回りで、グラビアから飛び出したかのような美しいとしか表現できない女性達にゾロリと囲まれたあたし。
端から面相は問題にならないのだけれど、その背の高さというか足と手の長さと細さ。
う~ん。
ノートパソコンの画面に映された私の立ち姿を見ながら、「ええやん。ただ縮小コピーがかかってるだけやし。」と言いたそうな相棒の横で、いみじくも「ホラッ、170cmぐらいはあるようにみえますよ。」と仰ったのはSaitoh先生。
モデルさんと共に出席した撮影体験に興奮しながらも、やっぱりあたしは、ち、小さい。
劣等感がモク、モク、モク。
これは頑張りようがないもんな…。
M_p1090145
それでも楽しく過ごさせていただいて、スタジオを一歩外に出てみればそこは表参道ヒルズだけれども、普通人間ばっかりだった。
ふーっ。
あれはやっぱり。
モデルの国やったんや。

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その振り込め詐欺対策はへんっ!

あたしと違って先見の明のある相棒は、若干25歳から生命保険に入っている。
そしてセールスレディのお薦めと称する「変動型」を、強行突破して入ったのが「定額保険」。
毎年16万少々を60歳まで支払えば、60歳から15年間にわたって毎年100万円の年金を頂けるという。
約16(万円)×35(年間)→15(年間)×100万円
つまり、約560万円を支払えば、1500万円を手にできる。
美味しいぞ!
今では「夢のまた夢」のような商品。
その年払いの支払を、今日の午後5時前になって、今から郵便局に現金で振り込みに行くという。
「えっ!」
確か、郵便局の振込業務は4時までだったのでは?
そして、そして、十万以上の現金振込みは身分証明書が必要なのでは?
いろんな疑問をぶつけても、「大丈夫や。行ってみる。」
何が大丈夫って?
そ、そんな、限りなく不可能に近い行為をせずとも…。
「なぁ、なぁ。電話一本で片付くのやし。」
なだめすかして近所の郵便局に電話で聞いた結果がこれ。
『窓口での振込業務は午後4時まで。ですが、身分を証明済みの通帳さえお持ちであれば、いったんそこに現金を入金いただき、そこから機械で振り込みは可能です。』
身分を証明済みって?
分からないことだらけではあるけれど、通帳も昔のものから新規通帳に代わってもいることだし、
「できる、できる。」そう言いながら出かけて行った。

帰ってきて開口一番「何が振り込め詐欺対策やねん。」
生命保険会社専用の振込伝票であるにもかかわらず、金額が十万を超えたら振り込むことのできないことの是非。
そして、なぜか身分証明がされていなかった自分の通帳。
だけど。
これは大阪に住んでいた頃、家にやってきた郵便局員さんが作ってくれたものじゃないの。
それを住所変更したのだから、当然住民票は提出しているはずだけど…。
凡そ9年も前のこと。
ほんまはどうかは分かるはずもなく、納得いかないことばかり。

出された結果は驚くばかり。
最後に郵便局員さんはこうの給ったという。
(郵便局専用振込用紙であるにもかかわらず)、下の方を指して「これコンビニエンスストアでも現金で振り込んでいただけます。」と。
そ、そんなら、なんで????

つまりは相棒がもっと注意深く振込用紙を見ればよかったのだろうか。
それにしても、郵便局専用振込用紙であることには違いない。
従来と同じなんだから。
誰だって、これは郵便局と思うだろう。

それにつけても、振込先が絶対間違いない会社であっても、専用の振込用紙でさえ十万円以上は振り込めないという郵便局。
ある意味では、専用の振込用紙がありさえすればいくらでも振り込めるコンビニエンスストア。

振り込め詐欺で問題になるのは、振込む人間なのか?
それとも振り込む先なのか?
振り込む人間に身分証明が必要で、振り込む先は必要がない。
なんか、空恐ろしい感があるのはあたしだけか。

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しんどいっ!

9月28日は、すでに過去のものとなったのだけれど…。
人前で講演するということに要するエネルギーがどんなに大きかったものかが、今になってひしひしと…。
嗚呼!歳なんやろか。
持てる限りのエネルギーを使った翌日から二日間で仕上げなければならなかった納品。
そして翌日も打ち合わせ。日曜日は合気道は楽しみだったからストレス解消にはなったけれど、夕刻にあったのはその仲間でもあるMizuno君が主演する演劇鑑賞。
感動するという心の揺らぎと、そのことに思い至る自分の考え。
頭はクルクルと回転しながらも身体能力も同様に消費されて、バタリと倒れるわけにいかなかった翌日は地唄舞のお稽古。
そう、これに由来する諸々の原因はすべてあたしにある。
仕事と合気道と、そして地唄舞と。
その両立を遂げることを、まさか簡単だとは思っていなかったけれど、それでもいずれかがボトルネックになってしまうことを、今知ってみて、「それでは根を上げるのか。」と自分に問えば、否そうではない。
そう決意して迎えた翌日は、先輩からの嬉しいご招待。高揚する心のままにまた翌日は打ち合わせで、その翌日は終日お客様で、翌日は立川市まで打ち合わせ。
『絶対に毎日書いてやる!』そう、決したブログが書けない理由は、残った時間が睡眠だから。

「太く短く走り去る人生を、あんたらは送ったらええんや。あたしが葬式ぐらい出したげまんがな。」
こう告げた親心の意味合いが、今ちょとだけ分かる気がする。
それが羨望なのか、警告なのか。
はたまた誇らしいのか。
きっと、どれもが当たっているのだろう。

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謀殺、いや忙殺される日々

が、ままある。
今回は、分不相応な生活をしているのかしら?と、ちょっと生き方に迷いが生じたのは嘘偽りのないところ。
仕事が最優先であることには違いない。
そして、あとは地唄舞と合気道。
だけではないとことがまた、哀しい。

近所のお付き合いにも、外せないというのがあって、例えば2晩続く盆踊りや、親しい人の花舞台には是非にと馳せ参じるのは当然のなりゆき。

なんだけれども、それが案外に9月に集中している。
体育協会の開会式への参加に始まり、友達の俳優が主役を務める公演に足を運ぶのも、そしてそして、終日ぶっとおして行われる打ち合わせがこともあろうに、一日おいて二日間もあるなんて…。
そして、それを避けられることをあからさまに喜びながら帰郷した甥と、それに代わって上京してきたのが双子の片割れである妹。
久しぶりにあうと、話の花が咲かないわけがない。「わしはもう、先に寝るぞ!」という相棒の声を聞きつけて、慌てて後ろを追いか掛ける始末。

にしてもである。
あんなに睡眠時間が重要視されているC型肝炎罹患者である私のスケジュールは、完全無敵のロックンローラまがいにまったくもって、守られていない。
正直のところ、毎日がへとへと。
だけどそこが人間の良いところなのでしょうか。

この充実感。
いままでに、もしかしたら味わったことがない日々ではないか。
そう思ってみれば、少々のこと。
9月末に受ける再検査。
案外、良かったりしたりしちゃたりするかしら。
そう相棒に聞いたら、何事も論理的に考える彼。
厳しい答えが返ってきた。
「そら、それなりやろ。考え方の、持ち方次第。そういうことが分かってないから病気が悪化するねんぞ。」

脅しなのか本気なのか。
それは判然としないが、一応あたしの身を案じてくれてるのだろう。と、今日は思うことにして布団に入ることにした。
明日の立川市で行われる打ち合わせ。

どうかあんじょう いきますように。
神さん仏さん、どうかお願いしてまっせぇ。

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天に唾を吐いた、訳ではないけれど

今日の地唄舞のお稽古は9月初日。
なのに、月謝を忘れていって嗚呼!恥しい。
そしてそして。
家元をして「嵌っちゃいましたね。」と言わせたのが、「鬢のほつれの…」のところの所作。
何度やっても、何度やっても、何度教わってもできないんだよなぁ、これが。
子供時分から長年クラシックバレエをやっていて、そして高校から大学時代に両手首を骨折するまで器械体操部に所属していたから、
下手は下手でも大抵は所作がすーっと入るのに、素人の相棒でさえ簡単にできる所作が私には、ぜーんぜんできないとき、家元の口から思わず突いて出るのが「嵌りましたね。」。

お稽古中にやっと格好が付いたその所作が、家に辿りついて復習したら、またでけへんっ!
キーッとなって「もういっぺん!」
これを聞きつけた相棒が、「ほな、ゆっくり(手本に)やったろか?」と言われても、もういっっぺんキーッとなった。
もしかして、三等席が余計なことをペラペラと。
そういうて、神さんが怒りはったんやろかと思わないでもないけれど、昨日のブログは決して腐したわけではないのよと、天に向かって呟いた。

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シアターVアカサカ「犬神戦記」考

千秋楽の日は何と午後5時から。
昼一番までかかった秋季スポーツ大会総合開会式の後だけに、そして今朝までかかった仕事で睡眠時間がたったの2時間だっただけに、ちと、キツイ。
ええぃ!
これがあたしらにお金の残らない理由。
そう、何と「シアターVアカサカ」までタクシーでブ~ンをしちゃったんですもの。
でも。
相棒は貫徹。
だから、ここは致し方なし。

合気道のお仲間のMizuno君が主役だから、ここは気合いを入れて遅れぬように、切符を忘れぬように、準備おさおさ怠りなしで出掛けてみれば、う~ん!

テクニカルライターという職業柄、そして地唄舞や合気道をお勉強しているからか、そっち方面には気になるところがちらり、ほらり。

最初に感じた込み入った筋書きが、ドラマが進んで行くうちにすーっと頭に入ってくる進展の滑らかさは構成が良いのだろう。
でも、なぜ?
なぜ悪徳王妃(後に女王)が、王が愛して止まなかった憎っくき下女との刃傷沙汰の最中に自らの命を絶つ必然性があったのか?
普通、主人を寝取られた相手の前で目的を遂げることもなく、自殺するかぁ????
だなんて、やっぱ50歳も疾うに過ぎてみれば、大阪のおばちゃんモードが入ってしまうようだ。

「戦記」と掲げられている通り、敵と味方に分かれて刃物を振りかざして戦うのだけれども、なんでかしらんけれども、み~んな倒されているようにみえてしまったのですよね、これが。
何故かって?
普通、バランスを崩すのは「やられる方」と端から決まっている。
それが「犬神戦記」では、勝った武将、元傭兵、そして親衛隊までもが負けてみえて、つまりはバランスを崩している。
長刀を振り回して見栄を切っているのに、それを観客が理解できない、拍手がこないのはそれは腰が引けているから。

とかなんとか。人のことは何でもいえる。
だけど、だけど。
泣かせてくれたゼ、おばちゃんを。
心の琴線に触れる場面が多々あったことも、また事実である。
そして関西のおばちゃんはこうでなくてはならない。
「キャーっ!頑張ってや~。応援してまっせぇ」と。

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秋季スポーツ大会総合開会式に参加して

例えば大田区合気道会の演武会や、民踊連盟の発表会の協賛をしていただけるのは、どちらもが大田区教育委員会と大田区体育協会とに所属しているから。
だからだから。
その総合開会式には、まるでオリンピック開会式のように各会に所属している人たち老若男女の入場行進があり、選手宣誓、来賓の祝辞、成績優秀なチームや個人に対する賞の授与がある。
そして、開会を宣言するまでの待ち時間にはブラスバンドの演奏があり、民踊連盟、ラジオ体操協会?、フォークダンス?の模範演技がある。

考えてみると、開会式はいろんな意味で重要であることに疑いの余地はない。
何かスポーツをするにも会場を借りなければならないし、参加する人を増やすためには広報もいれば、日頃の成果を発表する場も必要である。
それを体育協会や教育委員会に、助成していただいているのだから、開会式という場を借りて「ごっつあんです!」と感謝の意を唱えるのは、それはそれで意義深いものだと思う。
日頃私たちが、円滑に活動を行えるよう走り回っている「縁の下の力持ち」的な役割の方も大勢おられるわけだし。
だけど。
参加者の高齢化が進んでいる今、空調の効かない体育館に、いくら間隔をあけて並んだところで大勢の吐く息は、少々の風が通ったところで「暖簾に腕押し」「屁の河童」。
右足に、左足にと体重移動をしながら、道着の懐から出したタオルで流れる汗を吹く。
後方からスルスルっとやってきた関係者の方が、頬を紅潮させた子供を後ろに連れ去り椅子に座らせる。
真っ白になって崩折れたご年配を助け起こされる。
これって、どこかおかしくないか?
お一人は短くとも大勢おられる来賓や関係者による祝辞の間だけでも、体育館なんだから座らせてもらえないのだろうか。
そうすれば、ずいぶん疲れも和らぐのだろうに…。

改築が決まった大田区体育館。
来年は空調の聞いた場所での開会式なのだろうか。
それにしても、感謝の意よりもむしろ無益な労苦、徒労感の方が凌ぐと、思っているのは私だけだろうか。

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「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」と

除鉄食事を目指して、ありとあらゆるホームページ、ブログを探る中、C型肝炎罹患者でもあり、一素人でもある私がお出しした拙い質問にも、誠実にお答えいただいた先生。
古泉秀夫先生の御著書である『健康食品Q&A わかるサプリメント』(後述)が、手元に届いた。
速攻で届けてくれるはずのbk1からの「在庫なし」理由による、配達遅れのお詫びメールから待つこと3日目のことであった。

A5版厚さ23mmの書籍は、日頃から持っていた数々の疑問に答えてくれた。
「イチジクって食べると、本当に身体に良いの?」とか「キシリトールガムを噛むと虫歯になりにくい?」など一般に流布されている、さまざまな情報の是非を解き明かしてくれている。
正直、素人のあたしにはチンプンカンプンな部分もあるが、それと同じくらい理解できる部分もあって、常識のように謳われていることの微妙さを見た気がしたのである。
「C型肝炎罹患者は、鉄分を控えねばならない。」
このことに間違いない。
けれど、すべての鉄分ではないことがこの著書では上手に説明されている。
それが、「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」である。
「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」では、人間の体内への吸収率が大きく違うのだと、著者は科学的に説明されている。
まさに、「来たか長さん待ってたほいっ!」
こういうことだったんだと。
何故そうなのかって?
これ以上、興味のある方は是非ご購読あれ!
これがライターの端くれ、梶本洋子の仁義の切り方なんですっ!

参考文献:
『健康食品Q&A わかるサプリメント』
医薬品情報21代表 古泉秀夫 著
ISBN4-8407-3144-6 \3800.-

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TCシンポジウムの写真

プロのカメラマンである柿沼隆氏に、発表時の撮影をお願いしていた。
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そして到着した媒体はCDではなくDVD。
なぜって?
たった1時間の事例発表に押していただいたシャッターの数が、何と528枚。その1枚も手ぶれがないのは、プロだから当たり前とはいえ、その凄さに改めて目を見張った。
でも…。

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営業職、教育職、広報職の長かった相棒との格差が明確に出た。
何せ、緊張の度合いが違う。
口をへの字に曲げているのはあたし。
そして、ボディランゲージの何と多いことか。
嗚呼!
もっと美人に生まれたかった。
ほんま、それ。

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それにしても、ヘアーとメイクを、わざわざ自宅までお越しいただいたメイクアップアーティストである笹原先生の「2時間ドラマの弁護士」をコンセプトに、作り上げていただいた姿形は正にぴったりはまった。

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私と相棒がテクニカルライターであるのと同様、笹原先生、柿沼隆氏の合作といっても過言でない多くの写真は、生涯の宝物になるだろう。

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相棒と、笹原先生、そして柿沼氏と、何より発表を聞きにいらしてくださった方々に深くお礼を申し上げたい。

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