一般人からみた薬害肝炎訴訟
これだけ毎日メディアに取り上げられ、そして私も同様、毎日のようにC型肝炎罹患者として感じているあれこれをブログに書き続けていると、健常者の友人からメールをいただく。
『肝炎訴訟にはうとい私でもニュースは腹立たしいです。』とか、
『身近に同じ薬害被害で苦しむ人が2人もいることに驚くと同時に、どうずれば力になれるのか、考えなければ、と思いました。』とか。
他にも、いろいろ皆さんから声をかけていただく。
そんな時には、ふっと心の箍が緩み、温かいものが身体の中に流れていく。
皆さんの思いやりを感じる時、何故だろう俄然勇気が出てくるのは不思議なこと。
手術当時のカルテが存在しない私は、薬害肝炎訴訟の原告にすらなれないけれど、いずれは薬害肝炎訴訟の方々と同様に迎える肝硬変に肝がん。
それが分かっていてさえ、何度でも訴え続けたいことは、心の問題が解消されること。
それは正に、
C型肝炎罹患者は、医原病であり、国(厚生労働省)の対応の遅れが350万人ともいわれるC型肝炎罹患者を生んでいるということ。
反面、実生活を考えたとき、原告にさえなれない私は何をしているのか。
例えば道行く人たちに「薬害C型肝炎集団訴訟」を理解してもらうための署名活動や、「原告になれないC型肝炎患者も何とかしてよ!」という訴えをしているか?
と問われれば、否自分の生涯をどうしたら全うできるか、ただそれだけを考えて生きている。
それはあまりにも利己的?
そう謗られるのなら「どうぞ、どうぞ、言うなら言うて。」とでも返すだろう。
何故かって?
やらなければならないことと、何としてでもやり遂げたいこと。
病気と折あいをつけながら、仕事に合気道に、そして地唄舞を全うするためには、もうそれ以外に費やす時間はないのだから。
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