C型肝炎に罹患するということ
気持ちの整理がまだつかない。
その理由を相棒である主人は、こう説明した。
「きっと怒りをぶつける対象がなくなったからや。」
そうでもあり、そうでもなくもある。
気力を削がれるということが、一体どういうことなのかを具体的に実感したことに嬉しさがないのは当然のことではあるが、自分が今、必死になっているのは、誰あろう自分を壊そうとする力との戦いである。
「や~めた!」と言うことを。
頭から布団を被って泣くことを。
怒りをブログに、メールに、ぶつけることを。
良い子ちゃんでいられなくなることを。
何故泣けないのだろう。
そう考えたとき、猜疑心が沸々と湧いている自分に気づいた。
「これは、ほんまか?」と。
それがどんなに理不尽な猜疑心であろうと、私を止めることは誰にもできないだろう。
そして、生涯この猜疑心は消えないだろう。
「どこかに、なにかある」のだと。
今日、神戸労災病院長から薬害肝炎弁護団 代表 鈴木利廣氏宛の『血液製剤使用などの調査について』(回答)が、薬害肝炎弁護団 事務局長 弁護士 福地直樹氏から送付されてきた。
福地直樹氏は、回答結果について「このような結果となりましたことを非常に残念に思っております。-中略-当弁護団としては、今後もなるべく多くのC型肝炎罹患者にこの法律が適用されるよう国と定期的に協議し、すべてのB・C型肝炎者への治療助成、薬害根絶のために活動をしてまいります。-後略-」
委任状を送付しただけで、送付いただいた切手代さえお支払していないことに気づいた私。
弁護団にしていただいた活動と、今後の活動に感謝しこそすれ不満の一文字もない。
それなのにどうだろう、この哀しさと悔しさは。
何よりもがっかりした。
神戸労災病院には「カルテはない」と記載されていたのに、私が入院した当時のカルテは存在した。
入院カルテは。
ではなぜ、入院カルテのコピーは添付されていないのか。
ドイツ語だから?
コピー代金を同封すればよかったのか?
なぜ手術記録はないのか?
そんな疑問を持ってはいけないのか。
手術中にこそ、問題の血液製剤が使われた可能性があると考えるのは素人だからか。
そして、次のような注記がなされていた。
『カルテの上では使用したとの記載はない。』
『カルテの上では』と条件づけられた意味合いは何か?
ぶつけたい疑問はいっぱいある。
でも…。
委任状を送付した段階で、弁護団の意思が私の意思となった。
それは最初から分かっていたことだし、今でも理性では尊重している。
問題は、心の悪魔ともいうべき心情がそれを許さないのだ。
故天野事務局長をはじめたくさんの方々が肝炎対策の拡充に向けて、患者支援と肝がん撲滅のための施策を展開してもらえるよう、都議会・都知事への要請をされたことで、実現した都のウイルス肝炎総合対策。
だから私はC型肝炎でも初期の段階で治療を開始できている。
それは、言葉に言い尽くせないほど感謝している。
だからこそ、『C型肝炎に罹患するということ』というブログを続けてきた。
C型肝炎を告知されて間もなく罹患した躁うつ病とも折り合いをつけて生活をしなければならない現状を考えたとき、『C型肝炎に罹患するということ』を続けていくことには無理があると判断いたしました。
『C型肝炎に罹患するということ』のブログをお読みいただいた皆様、ありがとうございました。
sinさんへ
今までいろんなご助言、ご指導ありがとうございました。
| 固定リンク | コメント (9) | トラックバック (0)



















最近のコメント